経済学者アマルティア・センは「平等」について新しい視点をもたらした人物です。従来、経済学では「お金」や「財産」といったものを通じて人々の平等や不平等が語られてきましたが、センはその考え方に一石を投じました。彼は「何を持っているか」だけではなく、「それを通じてどのように生きるか」を基準に、より包括的な平等の考え方を提示しました。この記事では、センの語る「平等」の核心を紐解き、彼が目指した新しい経済的な平等の形を解説します。
センの「ケイパビリティ・アプローチ」
センの平等に対する考え方は、「ケイパビリティ・アプローチ(能力アプローチ)」と呼ばれます。これは、単にお金やモノを持っているかどうかではなく、その人が「どんな生活を送ることができるのか」を重視するアプローチです。例えば、同じお金を持っている二人がいたとしても、そのお金で得られる経験や生活の質は異なるかもしれません。ある人は健康に恵まれ、自由に行動できる一方で、もう一人は病気や障害があるため、同じようにお金を使うことができない場合があるのです。
センは、こうした「個人の持つ潜在的な能力」に焦点を当て、それこそが本当の意味での平等を測る基準であると考えました。つまり、「平等」とは、単に財産や収入を均等にすることではなく、各個人が自分の生き方や可能性を最大限に発揮できるようにするための条件を整えることだというのです。
「ケイパビリティ」とは何か?
ここでいう「ケイパビリティ」とは、「その人が実際に行えること、選べること」を指します。たとえば、教育を受ける機会があれば、人はより良い仕事や豊かな生活を選択できるかもしれません。健康な体があれば、自由に移動し、いろいろな活動を楽しむことができます。このように、ケイパビリティはその人の生活の幅を広げ、可能性を引き出す力となるのです。
逆に、たとえお金があっても、その人が健康でなければ、自由に動き回ったり、学びたいことを学んだりすることができません。センは、このように「何を所有しているか」だけでなく、「何ができるか」に注目することで、より本質的な平等の問題を解決しようとしたのです。
センの考え方の実例:教育と健康
センの理論は、特に教育や健康の分野で大きな影響を与えました。例えば、貧しい家庭の子どもが高い学力を持っていても、家庭環境や地域の支援が不足しているために、その才能を活かせないことがあります。このようなケースでは、「お金」だけでなく「教育の機会」が重要であり、これを平等に提供することが真の「教育の平等」になると考えられます。
また、健康も同様です。たとえば、医療サービスへのアクセスが限られている地域に住む人々は、病気になったときに十分な治療が受けられません。その結果、生活の質が低下し、仕事の機会も減ってしまいます。このように、ケイパビリティに注目することで、ただお金を支給するだけでは解決できない課題に取り組むことができるのです。
ケイパビリティと日本社会
日本においても、センのケイパビリティ・アプローチは参考になる考え方です。たとえば、近年問題視されている「教育格差」や「地域医療の格差」は、センの理論に通じる部分があります。経済的な支援だけでなく、教育の機会や医療の提供を全国で均等にすることが、社会全体のケイパビリティを高めるために必要です。特に、地方と都市部での格差が大きい日本では、センのアプローチが政策の見直しに役立つかもしれません。
また、障がい者支援の分野でも、センの視点は重要です。単に経済的な支援をするだけでなく、障がいを持つ人々が自分の能力を最大限に発揮できるようにするための支援が必要だという点で、センの考え方は非常に実用的です。
経済政策への影響
センの考え方は、経済政策にも影響を与えています。従来の経済政策はGDP(国内総生産)や所得の平均値といった指標に注目していましたが、ケイパビリティ・アプローチでは、これに加えて「生活の質」や「選択の幅」といった指標を重視するようになります。このため、政策の評価も「いかにして人々が自由に生きられるか」を基準に考えることが求められます。
例えば、単に経済成長を促すだけでなく、その成長が人々の生活の質を向上させるかどうかを重視する考え方が重要です。また、失業率の改善だけでなく、就業者がどのような仕事を選べるか、職業選択の幅を広げることも重要な課題といえます。
まとめ
アマルティア・センの平等の理論は、私たちが経済や社会政策を考える上での新しい視点を提供しています。彼のケイパビリティ・アプローチは、単なる「所得の平等」から脱却し、各人が持つ可能性や生き方の幅を広げることが平等であるとする考え方です。これは単にお金や物の分配にとどまらず、教育や健康、職業選択の自由といった生活の質に深く関わる問題です。
センの理論は、単に一部の経済学者や政策立案者だけのものではなく、私たち一人ひとりの生活にも直接関係しています。今後の社会がどう発展していくべきかを考える際、彼のケイパビリティ・アプローチは重要な視座を提供してくれるでしょう。
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