連日ニュースでは富士急行と山梨県の県有地賃借料問題についての報道がなされている。
本件は賃料の問題のほか、弁護士への委託料の話にも話題が拡大していくなど、争いの種がますます大きくなっているところである。
本稿では当該争いについて、不動産鑑定士の視点から考察を行うものである。
なお、当方は弁護士等の法律の専門家ではないため、あくまで一不動産鑑定士としての考察をするものとしたい。
なお、双方の主張が以下のページにまとまっているため、本問題に興味のある方はこれらを原典として当たっていただくのがよいと思う。
なお、本件では
- 山梨県と富士急行で結んだ契約が無効なのか
- 山梨県として無効な契約を結んだとして、富士急行に対して主張できるか
- 20億余りの賃料は妥当か
- 妥当として即時に6倍超の賃料に改定できるか
という複数の論点があり、それが体系的に論じられている記事が巷にないため、色々な議論が錯綜しているように感じている。
山梨県と富士急行で結んだ契約が無効なのか
まず、当該問題では、山梨県と富士急行は昭和2年(県の主張は昭和42年)に本件土地に関する賃貸借契約を締結している。
そしてその後(筆者の調査で判明しているのは平成9年以後)3年に一度の賃料改定を行っている。
その賃料改定においては、山梨県が富士急行側に対して連絡を入れ、富士急行がそれを受け入れることで成立してきた。
よって、現行賃料は山梨県が決定していることになる。(賃料改定の経緯)
そして今回は山梨県からの賃料改定連絡がなかったために、富士急行から山梨県に連絡したところ、現在の土地貸付は地方自治法違反で無効との回答を受けたという。
確かに山梨県には、地方自治体として県民資産を守り、増やしていく責務がある。
一方、当事者間の契約関係については契約自由の原則があるのではないだろうか。
つまり、契約の内容は当事者間で自由に決定し、どちらか一方が多少不利であってもいったん結んだ以上はその内容に縛られるのではないだろうか。
確かに地方自治体は公的機関であるため、特殊性はあるかもしれないが、契約自由の原則が認められないのであれば、自治体との契約は誰も怖くてできなくなってしまうのではないか。
(筆者は本件の賃貸借契約は民間同士のものとと同じく私法契約であり、公法契約ではないのではないかと解している。参照田中二郎『新版 行政法 上巻(全訂第2版)』 (1974年 ))
そして、もし今回の主張のように、あとから覆されるかもしれないということになるのであれば、結果として自治体側も民間との契約が結べずに不利益を被り、もって住民への利益の減少につながるものと思料する。
よって、本契約が当事者間で無効というのは、認められないものと解する。
山梨県として無効な契約を結んだとして、富士急行に対して主張できるか
一方、行政内部の手続きとして、山梨県内部では、本件契約手続きに不備があったのであれば、行政機関として適法に契約を結ぶことはできなかったと考えられる。
よって、もし現在の契約が適切な賃料により結ばれていないのであれば、過去の山梨県側には確かに落ち度があったといわざるを得ない。
それにより住民は不利益を被ったことになるといえるだろう。
しかしその場合は、現知事は過去の山梨県の判断に対して責任追及をするべきかと考えられる。
これは山梨県内部の問題であり、富士急行が本件賃借が違法状態であることについて善意であったならば、富士急行への主張はできないのではないか。
(毎回の賃料改定をこれまで県の主張に基づき受け入れてきたことから、筆者は富士急行はこの契約を適法であったと信じているものと考えている。)
20億余りの賃料は妥当か
本件については、別記事でも述べているため、こちらを参照してほしい。
鑑定評価書が示されていないため、なんとも言えないところではあるが、1ニュース記事では、下記の通りの主張がされていた。
- 3億円の評価を行った鑑定士は「継続的に貸し出すときの賃料算定は現状を見るだけでは鑑定できない」
- 6億円の評価を行った鑑定士は「借地権の価値が考慮されていない評価書である」
この2つの証言については、私も同じ意見を持っている。
継続的な関係であれば継続賃料を評価すべきであり、本件は少なくとも一部が建物所有目的の土地の賃借権(ゴルフコースなどの例外もあるが)であり、時間をかけて現在の賃料が低廉な状態にあるのであれば、借地権は発生するであろう。
このようなコメントが出るということは、20億円の評価書は、現状の状態の新規賃料を評価しているのではないだろうかと疑問が生じている。
妥当として即時に6倍超の賃料に改定できるか
上記を踏まえると、これが継続賃料評価時の上限になる賃料であるとは思われるが、これまでの富士急行の貢献を考えるとそうはならないであろう。
継続賃料評価における特有の価格形成要因
(1)近隣地域若しくは同一需給圏内の類似地域等における宅地の賃料又は同一需給圏内の代替競争不動産の賃料の推移及びその改定の程度
(2)土地価格の推移
(3)公租公課の推移
(4)契約の内容及びそれに関する経緯
(5)賃貸人等又は賃借人等の近隣地域の発展に対する寄与度
および継続賃料の総合的勘案事項
(1)近隣地域若しくは同一需給圏内の類似地域等における宅地の賃料又は同一需給圏内の代替競争不動産の賃料、その改定の程度及びそれらの推移
(2)土地価格の推移
(3)賃料に占める純賃料の推移
(4)底地に対する利回りの推移
(5)公租公課の推移
(6)直近合意時点及び価格時点における新規賃料と現行賃料の乖離の程度
(7)契約の内容及びそれに関する経緯
(8)契約上の経過期間及び直近合意時点から価格時点までの経過期間
(9)賃料改定の経緯
を踏まえると
確かに土地の価格は上昇している。しかし、富士急行の地域の発展に対する寄与度、直近合意時点は3年前であること、賃料改定の経緯としてこれまで貸し手の言い値で更新され続けてきたことなどをふまえると、単純な差額配分法を適用したとしても、差額部分の2分の1の案分にも至らないのではないかと思料する。
(そもそもこれまでの賃料改定時の評価資料では、利回り法などの継続賃料評価の手法により賃料が算定されている。)
意見
以上により、筆者の意見として、山梨県の一方的な主張は富士急行としては到底受け入れられるものではないと考える。また、20億円の評価書についても、不明瞭な部分が多く、これが正しいとの確信は持てないところである。
現実的な落としどころとしては、現在の開発後の価値に基づいた継続賃料を算出し、その賃料にできるだけ近づけていくように小幅の改定を繰り返すなど、山梨県民、富士急行が納得できる落としどころを探ることではないだろうか。
いきなり賃料を6倍にしろと言われても、これまで県の言う通りの賃料で土地を借り続けて事業を行ってきた富士急行は受け入れられないであろうし、もし不適切な賃料だったとして、これまで怠慢して現状を放置してきた山梨県の主張が認められるということもないだろう。
もし認められるのであれば、民間事業者は公共部門との契約について、委縮してしまうのではないだろうか。
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