こんにちは、不動産鑑定士のKanvasです。
朝日新聞では2021年1月15日に、「「時代に即し変革必要」 県有地訴訟、知事に聞く」というタイトルで、富士急行と山梨県の間の土地賃料に関する問題のインタビューを山梨県知事に行って今す。本稿では、記事内容について考察したいと思います。
※本件は資料が少なく確定的な意見を出すことは難しいため、あくまで上記記事を拝見した感想及び意見提示を一不動産鑑定士としての目線で行いたいと思います。
経緯
対象地の貸し付けは1927年から行われたもので、貸付料は3.3億円である。
貸付当時は原野であり、現在のような整備はされていない。
訴訟の発端は2017年に県内男性から提起された住民訴訟であり、県は当初現状の貸付料は適正と主張していた。
昨年8月、県は主張を撤回し、住民と同調した。
現在は、貸付料が不当に安いとして、契約自体を「違法無効である」と主張している。
知事の主張
以下では知事の主張(1-4)とそれに対する私見を述べる。
1.当初取得した意見書では更地価格から借地権割合相当額を控除した価格をもって基礎価格を査定しており、これではいつまでも土地の価値が回復しないとして鑑定評価書を取り直した。
そもそも本件の場合、80年以上にわたり土地の賃貸借が行われており、その賃料が正常賃料と比して低廉であるとの前提がある。
借地権価格は賃貸借により賃借人が得る経済的利益の対価を構成要素として発生するものである以上、正常賃料よりも低廉な価格で安定的に賃借できる当該借地権には借地権価格が発生している可能性が高い。
当該土地はリゾート地として建物の用に供されており、借地借家法の保護も受けられるため、安定的利益があるとも思われる。したがって借地権の価値は発生している可能性が高いのではないかと思われる。
2.6億9千万円の鑑定を取りつつ、他の業者で再鑑定を行い、20億円の評価書を取得、それをもって法廷に提出している
不動産鑑定士という専門家に対して意見を聞く際に、複数の鑑定士の意見を踏まえて行動することは、専門家にも能力の限界や得意・不得意があることを考えれば、よい姿勢であると思われる。
一方、上記の主張のために、借地権がないものとした評価を前提としてのオピニオンショッピングであれば、それは受け入れられるべきではない。
また、借地権割合は40%とされているが、2つの意見書・評価書の賃料の差は3倍程度あり、その他の要因についても、試算の前提は異なるのではないかと思量される。この点については、資料がないため言及のしようがない。
3.開発前の山林をもとにして算定している低廉な賃料では、今後の投資ができない。
そもそも不動産の評価額は、このような視点は何ら関係ないところにある。
対象地は富士急行の資本投下や企業努力と、自治体の政策の協力のもと現在の地位が築かれたものであり、そのどちらかが欠けていても現在の資産価値とはなりえなかった物件である。
よって、新規賃料が現在の市場で成立しうる賃料であるからと言って、一方的に新規賃料での契約を主張することは当事者間のこれまでの契約関係を前提とすれば許されないものと考える。
4.地方自治法では、財産の貸し付けは適正な対価によらなければならない。
地方自治法には以下の規定がある。
法237条2項は、「普通地方公共団体の財産は、条例又は議会の議決に よる場合でなければ、適正な対価なくして譲渡してはならない。」 と規定 し、法96条1項6号は、条例で定める場合を除いて、適正な対価なくし て財産を譲渡することを必要的議決事項として定めている。(引用:地方自治法)
また、以下のような裁判判例が、本件条項が貸付にも適用されること、および適正な対価に関する考察を示している。※マーカーは筆者
「法 237条2項は、条例又は議会の議決による場合でなければ、普通地方公共団体の財産を適正な対価なくして譲渡し、又は貸し付けてはならない旨規定しているところ、同項の趣旨は、適正な対価によらずに普通地方公共団体の財産の譲渡又は貸付け(以下「譲渡等」という。)がされると、当該普通地方公共団体に多大の損失が生ずるおそれや特定の者の利益のために財政の運営がゆがめられるおそれがあるため、条例による場合のほかは、適正な対価によらずに財産の譲渡等を行う必要性と妥当性を議会において審議させ、当該譲渡等を行うかどうかを議会の判断に委ねることとした点にあると解される。そうすると、同項の議会の議決があったというためには、財産の譲渡等が適正な対価によらないものであることを前提として審議がされた上当該譲渡等を行うことを認める趣旨の議決がされたことを要するというべきである(最高裁平成 15年(行ヒ)第 231号同 17年 11月17日第一小法廷判決・裁判集民事 218号 459頁参照)」
上記判例によれば、条項は貸付にも適用されること、貸付は適正対価によらなければ、住民の利益を害するため、それでも貸し付けたい場合には議会の議決が必要になることと説明する。
1922年当時、どのような判断があったかは不明であるが、当時適正な貸付料として考えられていたならば、議決を経なくても正当な契約として成立する。
それが仮に、低廉であるとしても自治体の戦略上必要であれば議会の議決を得ることにより、契約は有効に締結可能であると考えられる。
よって、貸付当時には、当該契約は、適正な対価によって成立しているのではないだろうか。
そして、継続的な関係にある当事者間の契約を前提としている本件の場合、長期の契約を前提として正常に契約が成立しているのであれば、契約の期間内では当該契約を守る義務が契約当事者の双方に課されるため、適正な対価も当該契約に縛られた継続賃料の考え方をもって成立するのではないだろうか。
私見の結論
以上から、私は本件に対し、継続賃料の観点が入っていない評価を行っているのではないかという懸念をもっている。
最近は不動産鑑定士がBADニュースで目にすることが増えたように思う(森友、晴海フラッグ、亜青森の談合など年1ペースくらいではないか)。本件も評価が悪いかどうかは不明ではあるものの、このようなニュースが出てしまうことが不動産鑑定士の信用を失墜させてしまうと感じている。(もちろん不動産鑑定評価は意見であり判断である。そしてこの対立を悪意をもって報道するマスメディアが悪いのであるが)
たった5千人しかいない専門家仲間なのだから、私も含めすべての不動産鑑定士が業界の信用と魅力向上のため、そしてマスメディアに揚げ足を取られないためにも日々努力することを望みます。
続きを書きました
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