ご存じの通り、日本は超高齢化社会に突入し、限界集落が多く存在します。
また、この30年で消滅した集落もいくつも存在します。
国土交通省HPでの公表資料においては、2040年には消滅可能性都市が全体の約半分になるとされています。(やや古い資料ですが)
https://www.mlit.go.jp/pri/kouenkai/syousai/pdf/b-141105_2.pdf
そして現在でも過疎地などの人口減少地では土地取引事例が大変少なくなっている地域があります。
このままいくと、近い将来には、取引事例の収集できない地域が出てくるでしょう。
そうなった場合に、我々不動産鑑定士は何をよりどころに不動産の価格を求めればよいのでしょうか。
その一論を考察します。
前提
まず、取引事例がないような地域の価格調査を求められることがあるかという問題があります。
ここでは、取引事例がないような地域であっても
- 課税目的や補償等で価格を知る必要があるケースは存在すると思われること
- 需給バランスにより価格が下がればそれまでは不合理な利用方法のため断念された使い方によりその土地を使用したいという需要が考えられること
という側面から、どのような地域にあっても、価格調査のニーズ事態は存在するものと考えます。
既存の手法による評価の可否
では取引事例がないような地域での既存の評価手法の適用可能性はないでしょうか。
原価法
取引事例がないことから素地の仕入価格の把握が困難であり、適用は難しい
取引事例比較法
取引事例がないため、適用は困難
ある程度離れた類似地域から比準することや価格時点の古い事例による比準も考えられるが、精度の低下は否めない
収益還元法
賃貸事業等により収益が成り立つのであれば適用可能
但し、当該地域においてそれが成立することを考えるのはやや難しいと思われる。また、適正な利回り水準を把握することは難しい
開発法
多くの場合で開発に要するコストのほうが収入を上回ることが考えられ、実質的にプラスの価格を求めるのは難しいと思われる
よって既存の手法から適正な(あるいはプラスの)価格を求めることは困難であると思われます。
土地を所有することによる便益
では、どのような理論に基づいて土地価格を評価すべきかを考えると、土地を所有することによる便益から、それに見合った価格を一つの理論値として採用することが考えられます。
この場合、当該目的に合致する限りにおいては、その評価手法による価格が一定の合理性を持つと考えます。
利用による便益
土地を所有することによる便益の一つとして利用により便益を得ることが考えられます。
土地を所有し、半永久的に、排他的・独占的にその効用を得られることに対する価値を評価することが考えられます。
この考え方において求められる理論価格は、取引事例がない場合においてはどのような価格で取引するのがよいかの参考値として使用できるものと考えます。
保有することによる便益
土地を保有することそのものによる便益も考えられると思います。
例えば、威信材としての効用、使おうとしたときにいつでも使えるという安心等、保有していることそのものによる効用もあるものと思われます。
この考え方において求められる理論価格は、その土地を保有することができる能力(ある種の担税力)によって図ることが考えらえますので、課税目的の価格としての参考値として使用できるものと考えます。
価格を求めるための具体的な手法
では、具体的にこれらの便益を図るためにどのような評価手法が考えられるのか、ここでは概要を考察します。
詳細な査定法については引き続きの研究課題とします。
利用による便益
利用による便益は、その土地を保有することによる経済的利益の現在価値により測定されると思料します。
ではその土地を保有することによる経済的利益とは何かというと以下の項目が考えられます。
- 代替地を賃貸等により利用する場合の費用相当額
- 当該土地を利用することにより生み出される純収益のうち、当該土地に帰属する部分
前者については、代替的な土地を借りて利用するとしたらいくらの費用がかかるのかをもとに、当該賃料と、保有コスト(固定資産税等)の差額分を、利用により得られる純利益と考えることができるであろうという前提に基づいています。
当該差額分の何年分の利益を見込むべきか、このような転売が難しい土地の場合の利回りはどのように把握するかという課題はあるものの、「差額×複利年金原価率」相当が保有する価値といえるでしょう。
後者については、賃貸等の事例も見つからない場合でも、当該土地を利用したいと考える人は何かしらの便益を得ることを目的として当該土地を保有すると考えるため、当該便益総額の現在価値が土地の理論価格を構成するという考え方となります。
この便益としては、企業経営・事業運営の純収益から、資本・労働・経営に帰属する部分を差し引いた残額として把握されるものと思料されます。
当該方法は理論的には成立しうると考えられるものの、実際には事業開始前にこれらの情報を知ることは難しく、恣意的な予測財務書類によらざるを得ないため、評価は困難と思われます。
購入の際、事業計画を説明し、そのうえで土地に出せる価格の交渉を行うという前提であれば、交渉のスタートとして使うには有用な算出法と考えます。
保有することによる便益
保有そのものによる便益としては、当該土地を所有していることによる便益、つまり威信財としての便益(土地・山を保有しているという威信)、所有による満足感等が取引対象となる経済的利益となると考えらえます。
これらを得るために払うべき犠牲としては、固定資産税的なコスト、つまりものを所有することができるという能力が一つの対価の目安となると思われます。
固定資産税では土地価格(固定資産税評価額)の1.4%が毎年課税されますが、このような視点で、土地を維持保有する能力に見合った価格を設定することが考えられます。
例えば、土地の維持には毎年草刈り・除雪費用で500万円のコストがかかる場合には、この数%分の数年間分を保有そのものにかかるコストとして追加で把握することも考えられると思われます。
現実的にはその水準を把握することは難しいでしょう。
ただし、将来的に取引事例が全くないような地域では、土地価格の相場というものがなくなってしまう可能性があるため、固定資産税評価額の評価などでも、数年前の最終売買価格や遠方の取引事例、近くても数年前の固定資産税評価額を使い続けざるを得なくなると思われます。
その際にはこの保有することによる便益を考えるということも必要な時代が来ることになるかもしれません。
一方、逆に保有することによる損失という考え方ができ、土地を手放すにはお金が必要という時代が来る可能性もあります。
最後に
このように、取引事例がないような地域の場合、どのような立場に立つか、どのように利用するか、どのような評価ニーズによるかにより、価格の出し方は様々あると思われます。
重要なのは、相談を受けた際に、当事者とその目的を把握して、「役に立つ価格」をコンサルティング価格として提示し、クライアントの課題を解決できるように、どのような経済価値が取引の基礎となるかを把握することと思います。
このような取引事例のない地域では鑑定評価そのものは難しくなるでしょう。
しかし人がいる以上、不動産価格を把握したいというニーズはあります。
その時にどのような価値を提供できるかが、不動産鑑定士のやりがいかと思います。
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