初めに
財務諸表作成のための価格調査を行うにあたっては、財務諸表作成のための価格等調査に関する実務指針に従った評価を行う必要があります。
当該実務指針では、会計処理の必要な場面ごとに、原則的時価算定またはみなし時価算定により不動産の評価額を求めるものとされています。
しかし、原則的時価算定およびみなし時価算定の定義と、不動産鑑定士に求められる評価との関係がわかりにくい面もあり、依頼者側もどのように評価を依頼してよいのか、鑑定士側もどのような条件で評価を受託すればよいかを説明することができず、実際の財務書類作成の現場では使えない評価書が出てくることもあります。
本シリーズでは、まず原則的時価算定とみなし時価算定を解説し、その後各ページにおいて、適用場面ごとに、どのような場面で、どのような価格を求めるべきかを解説します。
原則的時価算定
原則的時価算定とは
1.「原則的時価算定」とは、企業会計基準等において求めることとされている不動産の価格を求めるため、Ⅴ.2.の方法により行われる価格調査をいう。
ただし、直近に行った不動産鑑定評価基準に則った鑑定評価の価格時点又はそれ以外の原則的時価算定を行った価格調査の時点と比較して、相対的に説得力が高いと認められる鑑定評価の手法の選択適用により求められた価格や適切に市場価格を反映していると考えられる指標に重要な変化が生じていない場合には、直近に行った不動産鑑定評価基準に則った鑑定評価又はそれ以外の原則的時価算定に、対象不動産の種類に応じた適切な調整を行い時価を算定することを妨げない。
財務諸表のための価格調査に関する実務指針
と記載されており、
- Ⅴ.2.の方法
- 脚注1但し書きの方法
の2パターンの求め方があるとしています。
なお、なお、「原則的時価算定によって算出された価格は、不動産鑑定評価基準に則った鑑定評価であるか否かにかかわらず、企業会計基準等に規定する時価(公正な評価額)に該当するものと考えられる。」とされており、企業会計基準で時価の算出が要請されている場合、原則的時価算定により算定した価格を用いることができます。
Ⅴ.2.の方法
Ⅴ.2.の方法には、
- 鑑定評価基準に則った鑑定評価
- 鑑定評価基準に則らない価格調査
の2パターンがあります。
このうち、前者については、問題なく理解できるものの、後者についてはいくつか要件があります。
鑑定評価基準に則らない価格調査
原則的時価算定は、「不動産鑑定評価基準に則った鑑定評価」が原則である。ただし、「不動産鑑定評価基準に則ることができない場合その他不動産鑑定評価基準に則らないことに合理的な理由がある場合」には、「不動産鑑定評価基準に則らない価格調査」も原則的時価算定に含まれる場合がある。
財務諸表のための価格調査に関する実務指針
とされており、下記に挙げる①~③までのケースの、鑑定評価基準に則らない価格調査も、原則的時価算定に含まれます。
なお、この鑑定評価基準に則らない価格調査も、会計基準における「不動産鑑定評価基準による方法」とされているのが、やや混乱を招くところです。
鑑定評価基準に則らない価格調査の典型的な3類型
建設仮勘定を含む場合
造成工事中又は建築工事中の状態を所与として対象不動産に建物以外の建設仮勘定(未竣工建物及び構築物に係る既施工部分)を含む価格調査を行う場合。
この場合、そもそもが不動産ではないことから、鑑定評価の対象となりません。
この場合は、未竣工建物の既施工部分の価値を加えた土地の価格を求めることになりますが、これは不動産鑑定評価基準に則ることができません。
建築中であるが、建設後を前提とする場合
造成工事又は建築工事の完了後の状態を前提として行う価格調査で、不動産鑑定評価基準に定める未竣工建物等鑑定評価を行うための要件を満たさないものを行う場合。
この場合は、棚卸資産の評価に関する会計基準において、棚卸資産の「完成後販売見込額」を求める価格調査で要請されます。
価格調査を行う時点においては対象不動産が存在しないため、鑑定評価基準に則ることができません。
自ら行った評価の再評価の場合
自ら実地調査を行い又は過去に行ったことがあり、直近に行った不動産鑑定評価基準に則った鑑定評価の価格時点又はそれ以外の原則的時価算定を行った価格調査の時点と比較して、当該不動産の個別的要因並びに当該不動産の用途や所在地に鑑みて公示価格その他地価に関する指標や取引価格、賃料、利回り等の一般的要因及び地域要因に重要な変化がないと認められる不動産の再評価を行う場合。
この場合、直近に行われた原則的時価算定等において説得力が高いと認められた鑑定評価の手法は少なくとも適用する必要がありますが、一部手法を省略することができます。
ただし、鑑定評価の手法を適用するに当たっては不動産鑑定評価基準に則るものとし、価格調査の手順を省略することはできません。
そのため、再評価においても実地調査等の必要があります。
なお、この再評価が許容されるのは、最初の原則的時価算定から12か月以上36か月未満とされており、3年に一回は再評価ではなく、正式に不動産鑑定評価基準に則った鑑定評価の価格時点又はそれ以外の原則的時価算定を行う必要があります。
後述の脚注1による時点修正とは違い、説得力の低い手法を省略できるだけで基本的には鑑定評価基準に則った評価を行うことになります。
脚注1の時点修正
上記の再評価以外の手順により、直近の原則的時価算定等に適切な調整を行って時価を算定するものとされており、原則的時価算定に準じた立場を与えられているものの、不動産鑑定評価基準に則る必要がないものです。
「一定の評価額や適切に市場価格を反映していると考えられる指標に重要な変動が生じていない場合又はその変動が軽微である場合」にのみ適用可能で、原則としては前回の原則的時価算定から12か月未満の期間(賃貸等不動産の場合は、12か月以上36か月未満)で適用できるとされています。
具体的な活用場面としては、決算期に鑑定評価が集中することから、時期を避けて正式な鑑定評価を取得し、その内容を期末日に時点修正するという場合に使われます。
(10月に鑑定評価を実施し、3月末に時点修正を行って期末時価を求める場合など)
この場合、必ずしも鑑定評価の手法適用を前提としておらず、
- 一部手法の選択適用による方法
- 一定の指標の変動率による方法
などによる評価も許容されます。
まとめ
以上、原則的時価算定は基本的には不動産鑑定評価基準に則った不動産鑑定評価を行います。
ただし、不動産鑑定評価基準に則ることができない合理的な理由がある場合(上記の3パターンなど)には、条件を付したり一部省略した評価を採用できます。
さらに、前回の鑑定評価からの期間が短い場合には、時点修正として、手法の適用を前提としない、簡易な方法も認められています。
また、不動産鑑定評価基準に則った鑑定評価は、基本的には外部の不動産鑑定士による評価が必要となりますが、社内において評価を実施することもできます(自社における合理的な見積もり)。
但し、自社内で不動産鑑定評価基準またはその類似の方法により評価額を算出する場合には、評価者の能力等から、不動産鑑定評価基準等に準拠した評価が行われているかを十分検討する必要があります。
また、内部統制の面からも、評価額のチェック体制や、適切な承認体制などが社内に構築されているかなど、いくつかのハードルがあるものと思われます。
この点は、監査を行う公認会計士とも相談し、各不動産の評価方針を決定することがよいでしょう。
不動産鑑定士に求められる役割は、不動産の専門家として、上記のルールと不動産に関する知見を活かし、リスクの高い不動産を識別し、会計士及び企業の経理担当者との調整を行うことと考えます。
次回のみなし時価算定に続きます。
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