本件については、複数の鑑定評価書が出回っている。そしてそれぞれで評価の前提が異なっていることもあり、問題は複雑化している。
この問題の難しさは、評価の前提(開発前を基準とするか、後を基準とするか。借地権は発生しているか、いないか。新規賃料か継続賃料か等)としてとらえられているようであるが、実際のところは、まずもともとの問題として当事者間の「契約書の内容をどうとらえるかという問題」と、「契約書に記載されていた県側の権利が適切に行使されていなかった」ことが重要なのではないだろうか。
ここまでであれば、単に、後述する賃料の増減額請求を適切に行使していなかったのは県側の怠慢であり、その分を新知事が、旧知事の怠慢による県民利益の喪失に戦うという構図であったのかもしれない。
しかしさらにこの問題を複雑にしているのが、上記の主張のために適正賃料は約6億円であるとする評価書を提示し、現行賃料の約3億円の賃料が妥当ではないとした主張した後から、別途借地権は発生していないという知事の主張通りの評価書として約20億円を妥当とする賃料の鑑定評価書が出てきたことである。
※本件は資料が少なく確定的な意見を出すことは難しいため、あくまで上記記事を拝見した感想及び意見提示を一不動産鑑定士としての目線で行いたいと思います。
前回記事はこちら
契約の内容と賃料の推移
私は弁護士ではないため、詳細な契約の内容について、法的専門性の見地からの正確な回答は難しいが、
公表資料である「恩賜県有財産賃貸借契約に係る損害賠償等を求める住民監査請求の監査結果について」によると、
本件賃貸借に係る賃料については、山梨県において適正な時価に比して不相当と認めたときに、いつでも改定することができるとされ、更に、本件会社は山梨県の賃料改定通知に対し承諾書を提出することが義務付けられ、正当な理由がない限りこれを拒否することができない旨定められている。すなわち、本件賃貸借においては、県側にとって有用な賃料増額請求権が付与されていると言える。
恩賜県有財産賃貸借契約に係る損害賠償等を求める住民監査請求の監査結果について
とある。これをそのまま読み取ると、県側は賃料が適正な時価ではないと認めたときには、いつでも賃料改定ができ、それを富士急行は拒否できないとされている。
ここで県は、平成9年以降、3年ごとに日本不動産研究所に当該賃料に関する調査報告書の作成を依頼しいてた。そこでは、当該土地の賃料の推移は以下の通りと考えられるとされていた。(別荘地のみ抜粋)
- ・平成 9年から平成12年 年額115.49円/㎡
- ・平成12年から平成15年 年額103.65円/㎡
- ・平成15年から平成18年 年額 91.47円/㎡
- ・平成18年から平成21年 年額 79.76円/㎡
- ・平成21年から平成24年 年額 77.30円/㎡
- ・平成24年から平成27年 年額 73.54円/㎡
そして、県側で前述の日本不動産研究所の調査報告書をもとに適正賃料を算定した結果、適正賃料額は、年額302円/㎡(6億9,610万3,329円÷230万1,929㎡)であるとしている。
なお、本件別荘敷の平成9年3月時点での適正賃料額は年額638円/㎡、ともされており、平成9年時点からすでに大きな乖離が発生していた。
県側の権利を適切に行使していたか
知事はここに対して、この乖離を富士急行に主張しなかった過去の知事は問題であると主張した。この行為自体については、特に異論はない。
契約書に記載された一方的な賃料増額請求権については、当該借地が、建物所有目的の土地の賃借権であり、借地人に対して不利な契約であるが、この契約が妥当かどうかはいったんおいて起き、上記契約が当事者間で適切に合意され、有効ということであれば、その権利を行使しなかった歴代知事には、任務懈怠があったかもしれない。
契約書上の権利を適切に行使していないという意味においては、できておらず県民の利益を害した可能性はあると考えられる。
突如出てきた20億円の評価書
事の正確な時系列は不明であるが、知事は借地権に関し、
――適正賃料を算定するため、県は不動産鑑定士に鑑定意見書の作成を求め、昨年5月に提出を受けました。その後、別の不動産鑑定士に別の鑑定評価書を作成させたのはなぜですか。
「先の意見書に付属していた鑑定評価書は県の以前の方針と異なり、別荘地やゴルフ場になっている土地の現状を前提として更地価格を求めた。その点は納得できましたが、受け入れられない点がありました」
「更地価格から、最初に『借地権割合相当額』として40%を減額した上で賃料を計算しているのです。これではいつまでも土地の価値は回復しない。県として法廷に出すことはできないと判断しました」
朝日新聞デジタル2021年1月15日 10時30分
と回答している。
果たしてこれは妥当だろうか。借地権が価格があるかないかを決めるのは知事ではない。専門家として不動産鑑定士が判断することである。
20億円の評価書を書いた鑑定士の方は、借地権はないと判断し、6億円の評価書を書いた方はあると判断したのだろう。なお3億円の評価としている鑑定士は
3億円の鑑定を行った2つの会社の担当者は継続的に貸し出すときの賃料の算定は現状を見るだけでは鑑定はできない。
株式会社テレビ山梨HP
開発後を基準とするのは富士急行の投資があり別荘地ができたことを考えると公平ではないとして鑑定は妥当だとしました。
と回答している。
私個人の見解としては、継続賃料の算定における適用手法のうち、差額配分法と利回り法についての意見を述べると、対象不動産の新規賃料を勘案する差額配分法及び、対象不動産の基礎価格の算定が重要となる利回り法では特に乖離を引き起こすものと考えている。
差額配分法では、対象不動産の新規賃料を求めるにあたり、これは開発後の不動産に対して新規賃料をもとめるものと考える。ただし差額の配分において、富士急行の投資があり別荘地ができたことを勘案して、加算する配分率を低廉にする調整がなされるべきかと考える。
また、利回り法の基礎価格を求めるにあたり、これについては直近合意時点の不動産の状態をもとに算定するものと考える。ただし、継続賃料利回りを、従前合意時点の利回りに当該賃料の変動率と当該不動産価格の変動率を乗じたもの(参考文献:賃料<地代・家賃>評価の実際)とすると、開発による不動産価格の変化分と賃料変化分はこれに織り込まれることから、基礎価格を開発後の不動産価格としても開発前を基準として算定した賃料と相違ないものが求められると考えられる。
以上から、私の私見としては、これまでの80年以上にわたる賃貸借関係があることを踏まえると、富士急行側の現行賃料に近い改定が継続賃料評価としては妥当かと考える。
県としては、これまで権利の行使を怠ってきたわけであり、この差額が現実に存在するとしても、急激に賃料を引き上げることにはならず、時間をかけて少しづつ新規賃料に近づけていく賃料改定を行うことになるのではないだろうか。
なお、本件では、県はそもそも契約は無効だと訴えていることから、本来的にはこのような評価談義にはならないかもしれない。あくまで鑑定士の目線から見て、賃料はどのあたりに決定するのが妥当かという考察とご留意いただきたい。
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